JR三鷹駅北口徒歩3分の個別学習塾
社会人・大学生から高校生・中学生
不登校のかたまでお越しください!

ルールを守る!(その12)

とうとう「ルールを無視する」権力者【王】が現れました。今や子どもに「ルールを守ろう」など
と話すことができない状況になってしまいました。1年前、この話を始めた時は、「ルールを無視」する者なんか、いないはずでしたので、私には想像ができないので、もう手に負えない状況になってしまいました。
そんなところに、この通信を読んだ、友人から『「ルール」に追い詰められ』という新聞記事(東京3/3)が送られてきました。「不登校とわたし」というコラムで、「学校ではルールやノルマのようなものが増え、精神的に追い詰められる子どもたちが増えているように感じる。
例えば「水筒に氷を入れてはいけない」など細かいルールが学校ごとに設定されています。小さなダメが積み重なることで少しでもはみ出すと自分自身が否定されたような気持ちになり、学校に行くことがつらくなる子どもは多いと思います」と書いてあります。
 

『ルール』を無視する【王】がいる一方で、このように「ルールに追い詰められる」子どももいるのです。
『ルール』の中には意味の分からなものも結構あります。特に、学校には、私が子どものころからたくさんありました。髪の毛の色やスカートの長さ・シャツの色などが決まっていたり、制服の衣替えの月日が決められたりなどなど。
それから何十年もたち『ルール』もずいぶん増え、最近はもっと細かくなったようです。「水筒の中に氷を入れてはいけない」と決めた人は「いったい何を考えているんだ」と言いたくなります。
 

以前私は、「校則そのものに意味なんてない!」「校則を決めた人にも理由はわからない!」と、教師から聞いたことがあります。「校則は、守ること、守らせることに意味があると言うのです。
だから「先生、その校則はなぜできたのですか?」という質問に、答えることができる教師はいないと言うのです。
そんな程度の意味しかない(意味がない) 『ルール(校則)』なのに、「ルールに追い詰められている子ども」がいるのです。「ルールって、いったい何なんだ?」
 

『ルール』を語るときに、『信頼』が基本にあるはず。その『信頼』があって、『ルール』は生まれたはずだけれど、『信頼』ができる前に、すでにあるのが『ルール』です。『ルール』が生まれた理由・目的が、理解され、納得できていなければ、『ルール』は守られるはずがない。
でも逆に、そのような理解や納得が成り立っているのなら、『ルール』を決める必要はなくなります。
『信頼』は、初めからあるものではなく、一緒に暮らす中で長い時間をかけて作り上げてゆくものです。現代は『ルール』を無視する【王】が現れることもあり、『ルール』に追い詰められる子どももいる。
そして、多くの子どもは、適当にスルーし、『ルール』の存在を気にせず暮らしている(?)。私たちには、気にせずスルー出来る「適当」な考え方、精神力が、大切なのかもしれない。いや、大人が知らないだけで、多くの子どもは追い詰められているのかもしれない。